つれづれ日記

2011年 そして これから

Posted by earth on 2011年12月16日

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12月も半ばに入りました。
みなさまお元気でしょうか。

この一年は多くのことがあり、ひと言では語れない大変な年となりました。
まだたくさん課題は残っているけれど、まずはこうして一年の終わりを迎えられることに感謝したいです。

ふと こんなことを思います。
もし 僕ら人間が「地球の子ども」として これからも生きていける道があるとするな
ら、この大自然、地球の姿をしっかりと見て、その声を聞き、必要なことを感じとるところに道があるのかもしれない。

未曾有の天災というけれど、自然は人間に牙を剥いていない気がするのです。
311以来 東北に通い、ガレキの撤去や現地の人たちとの交流をしてきました。街は跡形もなく流され、多くの尊い命が奪われ、その傷が癒えることなど まだまだ遠い気もします。

でも、この一年、自然は淡々と力強い生命の営みを見せてくれて、今 静かに冬に入ろうとしています。
春の芽吹きも、鳥たちのさえずりも、空を吹き抜ける風も、心洗われる水の流れも、そのすべてが「ほんもの」でした。

今 日本だけでなく世界中で 人間の起こす大災害や病気が溢れています。
でも、人が作る災いは 人が変えていけるのではないでしょうか。
また 人の力だけでは難しくても、自然の力に助けてもらえるのではないでしょうか。

もうこれ以上 人の起こす災害で 未来ある尊い命を奪われたくない。
だから人任せはやめて、そろそろちゃんと自分の目と心で世界を見ましょう。
まず新聞を見るのではなく、身の回りの自然、そして大きな自然に耳をすまし目を向ける。
僕らの中に、自然と不自然を見分ける力、自分のセンサーを育てていくことは 大事な一歩です。そのセンサーは、自然の波長と同期することで動きだし、大きく更新されます。
人間社会の情報は、そうしたベースの上にあって初めて生きてくる気がします。

さあ、大きな空を眺め、外に出て、気持ちのよい空気を吸いましょう。
そして 時には街から出て、生き生きとした自然に包まれましょう。

冬の山や渓谷をゆっくり歩き、暖かい火を起こして
たき火を囲む。
そのパチパチと燃える音と沢の響き、枯れた木と火から生まれる匂いは、遠い原始の時代、そして未来へ通じる、静かで深い「今」を感じさせてくれます。

どうぞ暖かい年末をお過ごしください。
また元気に皆さんとお会いできる時を楽しみにしています。

ー岡田 淳ー

感覚麻痺

Posted by earth on 2011年12月08日

311から時間が経って、みんな少し感覚麻痺してきていませんか?
流れるニュースを軽くスルーしていませんか?

今朝あらためてここ数日のいろいろな情報に目を通していて、ふと思いました。私たち麻痺してきているかもって。

粉ミルクからセシウムが検出されたと言うニュース。
放射能汚染水が大量に流れ出たと言うニュース。

情報を受ける側(一般国民)の私がこれらを目にして最初に思ったこと。
「またか...」

そして、情報を与える側(政府、マスコミ)は粉ミルクに関して
「検出された数値がきわめて小さい」
「粉ミルクは希釈して(お湯に溶いて)飲むからさらに薄まり、乳児の身体への影響はほとんどない」
「放射性セシウムは放射性ヨウ素に比べ身体への影響が小さい」
「放射性セシウムの場合は筋肉にたまりやすいものの、1歳未満の乳児なら8日で約半分が体の外へ排出される」

与える側が常にこうだから、受ける側の反応がこうなる、とも言えるし、受ける側がこうだから、与える側がこういう態度でも許されてきているとも言える。

とにかく、おかしいぞ!日本人!
しっかりしよう!
人ごとじゃないんだから。

自分に今 赤ちゃんがいなくても、自分が今 福島に住んでいなくても、これらのニュースがちゃんと心にひびき、おかしなことに気づき、とるべき行動を考えられるようになろうよ。

まず自分にそういい聞かせた朝。


追伸:ドイツの放射線防護協会会長が11月27日に出したメッセージを読んでください。
私はこれを読んで、特に最後の「放射線防護協会は日本の市民の皆さんに懇望します」の部分と、「
放射線防護協会は日本の科学者たちに懇望します」の部分が心に残りました。

311が落とす影

Posted by earth on 2011年11月21日

Earthmanship恒例となった「冬ののびのびキャンプ」。小学生〜中学生を対象にした冬の雪遊びキャンプです。

群馬県の片品村に、Earthmanship のプログラムの趣旨を理解してくださる、とてもすてきな宿とスキー場があって、毎年ほんとうに楽しい時間を過ごさせてもらいます。

それが今年はできそうにありません。理由は放射能です。
ご存知のように、群馬県のあの一帯はホットスポットとして知られています。もちろんくまなく自分たちで調べたわけではないので、私たちが過ごす場所がほんとうのところどうなのかはわかりません。
でも、子どもたちを、この12月に連れて行って雪遊びをするという決断は、私たちにはできませんでした。

片品村の人びとは、311後いち早く被災者の受け入れを表明し、たくさんの方を受け入れてきました。私たちがいつもお世話になる宿の若女将も、先頭に立って受け入れに全力を注いだひとりです。
それなのに、私たちはこの冬そこに子どもたちを連れて行けない。
その善意の人たちの期待に応えることができない。
何とも情けない気持ちになります。

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昨日は「空と大地の学校」で、奥多摩へたき火とたき火料理を楽しみに行きました。そこでたくさんの子どもたちに「どうして今年の冬のびはなくなったの?なんでやらないの?」と聞かれました。「楽しみにしてたのに...」と。

それで放射能の話をしたあと、別の場所を探すのに時間がかかるから、3月に延期しようかと提案したら、即座に子どもたちがこう言いました。

「11日はやめてね!」

ハッとしました。
普段は何も言わないけれど、この子たちの心に、3月11日は怖い日としてはっきり焼き付いているんだ。

被災者は日本中にいると、あらためて事の重大さを思い知らされた、秋の一日でした。

自然が牙をむく

Posted by earth on 2011年11月17日

img_3008 「自然が牙をむく」

311以降、何度も目にし耳にしたフレーズ。
これがどうしても私の中でしっくりこない。
このフレーズを受け入れられないというよりも、正しい表現だと思えない。

ほんとうに自然は牙をむくのか?

そもそも今回の地震、津波、そしてそれが引き金で起きた福島原発の事故によって一番被害を被ったのは「自然」自身ではないか。

あくまで人間中心に考えられている今の世の中では、決して表には出てこないけれど、もしも自然と、それに生かされている野生生物が言葉をもち、私たちと話ができていたら、どんな話が聞けるのだろう。

除染のためにはぎ取られる大地。切り倒される木々。
人間を中心に考え
れば、正しい行為だとしても、自然を中心に考えたらどうなんだろう。

そんなことを考えていた時に、こんなブログを見つけました。
「だいずせんせいの持続性学入門ー原発震災(43)人間だけではない」

311から生まれる問いは、何一つ簡単に正解の出るものではないけれど、一度一歩引いて、地球全体のスケールで311を考えてみませんか。
地球は人間が生きるためだけにあるものではないはずです。

(写真は宮城県唐桑半島からみた海) img_2992

知らない

Posted by earth on 2011年11月14日

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近つくづく「知らない」ってほんとうに怖いことだなと思う。

私は結局、いろいろなことを「知らず」に生きてきたかもしれない。
少しずつ
少しずつ、年月をかけていろいろなことを知ってきたつもりでいるけれど、でもまだまだ知らないことがいっぱい。

先日「カンタ!ティモール」という映画を見て、ますますそう思った。
私は何も知らずに「その時」を生きていた。

みんなでもっともっと「知る」機会を持ちたいと思った。
そして、一番大事なのは、「知った」あと、それをどう希望に繋げるか。

やっぱり私たちが向かう先は「希望」でなければと思う。そして「希望」ははっきりあると思う。

人間はどうしようもない存在だけど、でも同時に、とてもすてきな存在。
生かされているひとりひとりに、必ず
生きている意味があるわけだから。

現実から目を背けるのではなく、しっかり見て、しっかり考えて、しっかり希望に向けて歩きたい。みんなと一緒に。

それがEarthmanshipのエコリテラシーセンターの役割かなと思う。


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