つれづれ日記

分をわきまえる ということ

Posted by earth on 2011年11月08日

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先週末、気仙沼の鹿折中学仮設住宅でカフェを開いてきました。何度も通った気仙沼ですが、しばらく間があいてしまって7月以来 久しぶりの訪問でした。

今回は「夜カフェ」と「昼カフェ&いろいろワークショップ」を開いたので、前回よりももう少し向こうのみなさんのお話に耳を傾ける時間がありました。

また戻って来れたという嬉しさと、その2日間がほんとうに楽しかったということははっきりしているのですが、実際のところ、全体の感想はそう簡単には言葉になりません。
被災地の現状と同じように、人びとの心も行きつ戻りつ、前に進んでいるのかどうか、自分でも分からないという状態なんだろうなと想像することはできますが、本当のところはやっぱりわからない。

そんなことを考えていたら「分をわきまえる」という言葉が心に浮かびました。人に対して、自然に対して、物事に対して、分をわきまえた接し方ってものがあるんじゃないかと。

私たち直接被災していない人間が、直接被災した方々にできることなんて限られているし、被災するとかしないとかに関係なく、人間がそれぞれ抱える問題を解決していくのは、やっぱりその本人にしかできないことで、周りの人間にできることはとても限られている。だけど周りの人間にできることもあるし、その役割もとても大切で。

だからみんなが 分をわきまえた心持ちと立ち位置 で行動できればそれでいいんだろうなと思いました。

政治の世界も、教育の世界も、医療の世界も...考えてみると、ありとあらゆる世界で「分をわきまえない」行動がはびこっていることが問題なんじゃないかなぁ。

学びの場のあるべき姿

Posted by earth on 2011年11月03日

学びの場を完成させるのは指導者ではない。

そこでは 参加するすべての人たちが糸を出し合い  縦横無尽に絡み合い  それぞれの「気」を高めていって 美しく立体的な作品を織り上げる。 
そして参加するひとりひとりがその一部になることで  いろいろな角度から
その時のその人にとって必要な学びが 身体と心に取り込まれていく。

これがほんとうの 身になる学びの場 の姿ではないかと私は思う。

指導者から一方向的な糸を受け取るだけでは作品は仕上がらないし その一部となることもできない。
「教える」ということばの対語は「教わる」であって「学ぶ」ではないように どんな場合も「一方向」のものから いいものは生まれないのかもしれない。

すべての人はかけがえがない
そう思える「学びの場」を作りたいと 心から思う。


*Earthmanshipは 私たち人間にとってほんとうに大切なことを学べる「エコリテラシー・センター」の設立を目指しています。
あら
ためて「学びの場」のあるべき姿を思い出させてくれた「地球のケア・テイカー講座」の参加者のみなさんに心から感謝します。


お金

Posted by earth on 2011年10月26日

それは、ないと困るけれど、それに心を絡めとられてしまうと厄介なことになるもの。

お金

今 起きている問題のほとんどすべてが 「これ」と関係している。「これ」のために人は悪さを思いつく。そして「これ」に執着すればするほど、人としてのあるべき姿から遠ざかる。そんな気がする。

実際今 私が心惹かれる人や事がらはすべて「これ」に執着がない。

とはいっても、今日食べるために 「これ」が必要で...とここまで書いてふと思う。そうなってしまったのも「これ」に執着のある人たちの仕業?

ともあれ、人は とりあえず今 「これ」を獲得するために日々努力している。手段であるはずのものが目的となってしまっている悲しさ。
そこから生まれるたくさんの歪み。

あなたは この状態をそのまま次の世代に伝えていきますか?
それとも
「これ」はあくまで手段であって、目的というのはもっと違うところにあるということを伝えていきますか?

まずはそこをしっかり見極めて 新しい方向に向かって歩き始めませんか。


さて、私たちが所有しているお金の多くが金融機関に預けられています。
そしてそのお金が ただじっと金融機関の金庫に眠っているわけではないことはみなさんもご存知の通り。
では、そのお金はどうなっているのか?
私たちの手元から離れている間にどんな使われ方をしているのか?
意外と考えたことがないのではないでしょうか。

これが有意義に使われているなら、私たちも心安らかにいられるのですが、どうやらそうでもないらしい...あなたのお金が 世界で起き続ける戦争や紛争の元手になっているとしたら どうする?

意外と知らない「お金」の話や、それをよりよく使うにはどうしたらいいかを考えるイベントがあります。興味のある方はぜひ足をお運びください。

「みんなで変える お金の流れー投融資が社会を変える可能性」
11月5日(土)14:00〜16:30 全水道会館・大会議室

*EarthmanshipのHP「おすすめ映画・イベント情報」にも掲載しています。


Toterraの名前の由来

Posted by earth on 2011年10月21日

EarthmanshipでCafe Tottera(カフェ・トッテラ)を始めたのが2004年。あっという間に7年目に入りました。

とはいえ、当初は月に一度オープンしていたToterraですが、Earthmanship の他のプログラムと同じスタッフがやっているものですから、どうしてもそちらのプログラムに押されてオープンする回数が減り続け、今年などは 311以降 被災地支援に毎月通ったため、何と10月にして今年2度目のオープンです。

さて、そのカフェの名前の由来は...

まず そもそもなぜ Earthmanship がカフェをやろうと決めたのかというと、自然の中になかなか出られない都会で暮らす人たちが、ちょっと肩の荷を降ろしに来れる場自然と触れたときと同じような感覚を持ち帰ることのできる場思いを伝えい合える場 を作りたいと思ったからです。

そしてそれなら、自然の摂理に逆らわずおいしい食材を作っている人たちのものを使って、おいしい料理を出したいと思いました。主義主張ではなく、きちんと手をかけて作られたもののおいしさと出会う喜びを分かち合いたかった。

名前を決める時に、ほんとうは自然の中に出て 自然とつながって欲しいという思いを込めて「大地へのいざない」みたいな名前はないかと考えました。

「大地=terra」「へ=to」
「to terra」

こんな意味の言葉はないかと考えていた時に、私の従姉妹がひと言。
「くっつけちゃえば」

というわけで「Toterra」が生まれたのでした。
「ばってら」みたいと笑われたこともありましたが、私はこの名前が気に入っています。

都会は人間の住む場所じゃない、などという人がいますが、私は都会が健康になることが、この地球を健康にする大事な要素だと思っているので、都会という場所にも、そこで暮らす人たちにもバランスの取れたいい状態になってほしいし、元気になって欲しいと思っています。

でもほんとうに心と身体が健康な いいバランスを保つためには 自然とのつながりがすごく重要ですね。ですからEarthmanshipは都会と自然の橋渡しをしたいと思って活動を続けています。

ぜひお時間のある方はToterraにお越しください。自然とつながる大切さを感じていただけるのではないかと思っています。
半年ぶりのToterra はあさって23日 です!


客人 そのつづき

Posted by earth on 2011年10月19日

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この方が昨日の朝 我が家に来られた客人。
左足にしっかり雀を捕まえているのがわかりますか?
「ツミ」という鷹の仲間らしいとわかりました。

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なんとも「鷹」らしい姿勢。

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そしてこれが 私と目のあった瞬間。
言い換えれば、私が「ワイド アングル ヴィジョン」に失敗した瞬間です。
ずっと 見つめないように気をつけていたのに、ついついその姿に魅せられ見入ってしまったのです。
この後 彼はしばしあたりをキョロキョロと見まわして、一瞬私が目を離した隙に さっと飛び立っていきました。

彼が我が家に来られたのが朝の7時ごろ。飛び立ったのが7時50分頃でしたから、約50分の滞在でした。

今頃どこでどうしているのかなぁと、気がつくと空を見上げている岡田家の4人です。


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