つれづれ日記

抑圧者と被抑圧者−その1

Posted by earth on 2016年08月22日

たった2日間の家族水いらずの夏休み。
その2日目は台風。
でも、私たちが今いるところは静かに雨が降ったり止んだり。
風もなく、yahooのニュースを見なければ、台風が来ていることにも気づかないくらい。
そんな訳で、目の端に家族の存在を感じながら、静かにそれぞれがしたいことをしています。

今、読んでいる本がとても難しくて、なかなか読み進めない私ですが、それでも時々「そうだ!」といたく共感する部分と出会うと、いきなり読むスピードが速まったりします。

感想は読み終えてからゆっくり書こうと思いますが、今はメモのつもりで、そのいたく共感した部分を書き抜いておきます。

* * *

「…(抑圧するものたちにとっては)抑圧される人たちが、その抑圧の状況を前にして無力であると感じることや、その抑圧の状況を『限られた変えようのない状況』と見て、打開不能と見なすことに『埋没』する状態がいつまでも続くほうがよいのである」


「抑圧の関係が確立されたときに、すでにそこには暴力が始まっている。しかし、今日までの歴史のなかで、その暴力の火が抑圧された側からつけられたことはないのである。…抑圧する者たち、搾取する者たち、他者のありようというものをみとめない人たちが暴力の火をつけるのである」


「愛のない世界を始めるのは、愛されなかった人たちではない。愛さなかった人たち、他を愛することのない人たちである」


「テロを始めるのは、抑圧されている弱者ではない。その権力により 明らかな抑圧を生み出し、生活できず、世界の引き裂かれた状況にあるような人を生み出している暴力的な者たちこそがテロの始まりなのである」

『被抑圧者の教育学ーパウロ・フレイレ著』より抜粋 要約

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都知事選

Posted by earth on 2016年08月01日

また次のステージが始まりましたね。
選挙の度にがっかりする事が続いていますが、今回の都知事選は前回のように心から応援したい人がいない状態で—心から応援したい人が降りてしまってーなんともスッキリしないまま終わりました。

さて、これからの話をしましょう。
小池さんが都知事になり、私たち都民のやるべき事がよりはっきりした気がします。
彼女にはまず、公約をしっかり守ってもらうこと。
私たちは 彼女のする仕事を監視するだけでなく、正しい方向に導く責任があると思います。

そのためには、私たちひとりひとりが まずはこんなことを目指す必要がある気がします。

1)今起きている事を知る 
2)おかしい事をおかしいと感じる力を養う 
3)人間だけでなく、すべてのいのちのことを 自分事として感じられる力をつ
  ける
4)「自分だけが得する生き方はない」ことを知る

日本の教育は「考えない人間をつくり出す」と言われていますが、教育を学校だけに任せようとしなければいいだけの話です。
家庭が、両親が、周りの大人たちがしっかりと子どもたちに大切なことを伝え続ければ、必ずしっかり考える人間は育ちます。
日本の教育の改善は必要だけれど、それはあくまで片輪である事を忘れないようにしたいと思います。

さぁ、8月のはじまり はじまり…

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doing と being

Posted by earth on 2016年06月13日

「なにをするか」じゃなくて「どう在るか」なのよね。
最近知り合った仲良しの一人がつぶやきました。

なるほど!
それを聞いた瞬間、すごく腑に落ちたのです。

「なにかをすること」は「どう在るか」を確認するためのツールなんだ。
あるいは「なにかをすること」を通して「どう在るか」に向かって歩いて行くんだ。
そういえば Earthmanship のプログラムの目的地はすべて「どう在るか」だなぁ…とあらためて気づかされた私。

例えば「地球のケア・テイカー」は森の手入れ、沢の手入れをするんだけれど、その作業が目的ではなくて、それをすることで「自分がどう在るか」「どう在りたいか」を確認する時間なのです。
それが実に楽しく、気がつくと自分の土台が柔らかく耕されている。

今の教育、社会はともすれば「なにをするか」にだけ焦点が当たっているように思います。
それは残念なことに、非常に薄っぺらな人間を育て、その結果 非常に薄っぺらな社会が出来あがるわけです。

もったいないですね。
もっと人間の根っこを耕す教育が広がってほしいし、厚みの在る人間、厚みの在る社会を目指したいと心から思います。

「どう在るか」に向かう学び場として、Earthmanship も しっかり歩き続けようと思います。

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Totteraが終わった

Posted by earth on 2015年12月10日

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Toterraが終わりました。
いつものように「終わった〜!」という感じではなくて、なんだか時間が止まっています。思い出す光景も動画ではなくて静止画で、それがコマ送りで頭の中をぐるぐる巡っています。

そもそも昭和の古いたたずまいの「吉祥寺の古い家」と出会った時のこと。
壊される運命にあった 杉板ばりの家を残したいと思ったこと。
私の両親が住む家として出会ったはずだったのに、その10ヶ月後に父が急死して、何となく役割が見えなくなった時のこと。
でも思い直して、いろいろ考えて改築した時のこと。
元はかなり気の悪い家だったこと。
あの家に「吉祥寺の古い家」という名前を付けたのは改築のリーダーだった建築家の奥村まことさん(私の大好きな、ぶっ飛んだ大先輩)だったこと。
いろいろな人が関わることで気の流れがよくなって、どんどん素敵な家になっていったこと。
飲食店営業の許可を取るためにがんばって勉強したこと。

たくさんの人が関わって、たくさんの人が集まる場所になりました。
あの家の最初の下宿人は、今や有名な映画監督になって、久しぶりに吉祥寺の古い家の門をくぐり、最後のToterraに来てくれました。
彼女と玄関でハグした時はやっぱりふたりとも目頭が熱くなって。
何だろうね、この気持ち。

今回、Toterra の準備をしながらはっきり分かったことがひとつ。
それは、「食事」というのは祈りの塊なんだってこと。
食材を作る人の祈りがあり、それを作り手に手渡す人の祈りがあり、料理する人の祈りがあり、サーブする人の祈りがあり、食べる人の祈りがある。
その塊が食事なんだなって。
だから、それらがきちんとなされていたら、世の中がおかしくなることはないんじゃないか。
逆に言うと、近年それらがきちんとなされていないから、こんな世の中になったんじゃないか。
だから私はこれからも、料理の時間を心から楽しみ大切にしたいと思いました。

Totteraは一旦終了しますが、Earthmanshipのプログラムではおいしい食事が提供できるようがんばりますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

そして最後のToterraに駆けつけてくださったみなさま、心を寄せてくださったみなさま、ほんとうに ほんとうに ありがとうございました。


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Toterra という場所

Posted by earth on 2015年12月03日

今から約11年前。
自然の摂理に従って丁寧に作られた食材のおいしさを知ってほしくて、
そして何より、美味しいものを食べるのって本当に楽しくて幸せね、
という気持ちをみんなで分かち合いたくて、吉祥寺の住宅街に小さなイベント・カフェをオープンしました。
名前の「Toterra(トッテラ)」は造語で、「大地へのいざない」のような気持ちを込めて、to と terra をくっつけた。
トッテラではたくさんのおいしい食材と出会って、たくさんの笑顔を見せていただきました。

今回、一旦閉店することになったのは、私の母が8月の終わりに倒れて、彼女を引き取ることになったから。
トッテラの場所を彼女のために確保しようと決めたから。
人生いろいろな時がありますね。しんどいなと思うことが起きた時、やけくそになるのは簡単だけど、その状態とうまく付きあっていく方法を自分で見つけていけたらいいなと思っています。

そんなことを思いながら準備をしていたら、サポーターの方からとても素敵なメッセージが届きました。


「思いを共有する多くの人が食をともにするというのは、
 人間社会の原点のような気がします。


 人はみな地球のケアテイカ―だということを共有できる
 仲間、兄弟姉妹、親戚の輪が広がりますように。。」


最後のトッテラを楽しんでいただけるよう、心を込めてお食事を作りたいと思います。

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いつかまたどこかで再開できることを願いつつ…

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