つれづれ日記

doing と being

Posted by earth on 2016年06月13日

「なにをするか」じゃなくて「どう在るか」なのよね。
最近知り合った仲良しの一人がつぶやきました。

なるほど!
それを聞いた瞬間、すごく腑に落ちたのです。

「なにかをすること」は「どう在るか」を確認するためのツールなんだ。
あるいは「なにかをすること」を通して「どう在るか」に向かって歩いて行くんだ。
そういえば Earthmanship のプログラムの目的地はすべて「どう在るか」だなぁ…とあらためて気づかされた私。

例えば「地球のケア・テイカー」は森の手入れ、沢の手入れをするんだけれど、その作業が目的ではなくて、それをすることで「自分がどう在るか」「どう在りたいか」を確認する時間なのです。
それが実に楽しく、気がつくと自分の土台が柔らかく耕されている。

今の教育、社会はともすれば「なにをするか」にだけ焦点が当たっているように思います。
それは残念なことに、非常に薄っぺらな人間を育て、その結果 非常に薄っぺらな社会が出来あがるわけです。

もったいないですね。
もっと人間の根っこを耕す教育が広がってほしいし、厚みの在る人間、厚みの在る社会を目指したいと心から思います。

「どう在るか」に向かう学び場として、Earthmanship も しっかり歩き続けようと思います。

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Totteraが終わった

Posted by earth on 2015年12月10日

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Toterraが終わりました。
いつものように「終わった〜!」という感じではなくて、なんだか時間が止まっています。思い出す光景も動画ではなくて静止画で、それがコマ送りで頭の中をぐるぐる巡っています。

そもそも昭和の古いたたずまいの「吉祥寺の古い家」と出会った時のこと。
壊される運命にあった 杉板ばりの家を残したいと思ったこと。
私の両親が住む家として出会ったはずだったのに、その10ヶ月後に父が急死して、何となく役割が見えなくなった時のこと。
でも思い直して、いろいろ考えて改築した時のこと。
元はかなり気の悪い家だったこと。
あの家に「吉祥寺の古い家」という名前を付けたのは改築のリーダーだった建築家の奥村まことさん(私の大好きな、ぶっ飛んだ大先輩)だったこと。
いろいろな人が関わることで気の流れがよくなって、どんどん素敵な家になっていったこと。
飲食店営業の許可を取るためにがんばって勉強したこと。

たくさんの人が関わって、たくさんの人が集まる場所になりました。
あの家の最初の下宿人は、今や有名な映画監督になって、久しぶりに吉祥寺の古い家の門をくぐり、最後のToterraに来てくれました。
彼女と玄関でハグした時はやっぱりふたりとも目頭が熱くなって。
何だろうね、この気持ち。

今回、Toterra の準備をしながらはっきり分かったことがひとつ。
それは、「食事」というのは祈りの塊なんだってこと。
食材を作る人の祈りがあり、それを作り手に手渡す人の祈りがあり、料理する人の祈りがあり、サーブする人の祈りがあり、食べる人の祈りがある。
その塊が食事なんだなって。
だから、それらがきちんとなされていたら、世の中がおかしくなることはないんじゃないか。
逆に言うと、近年それらがきちんとなされていないから、こんな世の中になったんじゃないか。
だから私はこれからも、料理の時間を心から楽しみ大切にしたいと思いました。

Totteraは一旦終了しますが、Earthmanshipのプログラムではおいしい食事が提供できるようがんばりますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

そして最後のToterraに駆けつけてくださったみなさま、心を寄せてくださったみなさま、ほんとうに ほんとうに ありがとうございました。


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Toterra という場所

Posted by earth on 2015年12月03日

今から約11年前。
自然の摂理に従って丁寧に作られた食材のおいしさを知ってほしくて、
そして何より、美味しいものを食べるのって本当に楽しくて幸せね、
という気持ちをみんなで分かち合いたくて、吉祥寺の住宅街に小さなイベント・カフェをオープンしました。
名前の「Toterra(トッテラ)」は造語で、「大地へのいざない」のような気持ちを込めて、to と terra をくっつけた。
トッテラではたくさんのおいしい食材と出会って、たくさんの笑顔を見せていただきました。

今回、一旦閉店することになったのは、私の母が8月の終わりに倒れて、彼女を引き取ることになったから。
トッテラの場所を彼女のために確保しようと決めたから。
人生いろいろな時がありますね。しんどいなと思うことが起きた時、やけくそになるのは簡単だけど、その状態とうまく付きあっていく方法を自分で見つけていけたらいいなと思っています。

そんなことを思いながら準備をしていたら、サポーターの方からとても素敵なメッセージが届きました。


「思いを共有する多くの人が食をともにするというのは、
 人間社会の原点のような気がします。


 人はみな地球のケアテイカ―だということを共有できる
 仲間、兄弟姉妹、親戚の輪が広がりますように。。」


最後のトッテラを楽しんでいただけるよう、心を込めてお食事を作りたいと思います。

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いつかまたどこかで再開できることを願いつつ…

ヴィジョンを求める ということ その1

Posted by earth on 2015年11月20日

人はこどもの頃からいろいろな夢をもちます。
保育園の卒園式の日にこどもたちが語る「大きくなったら…」は、今でも声が聞こえてくるくらい
暖かく心に残っています。
「大きくなったら、お花屋さんになりたいです」
「大きくなったら、ケーキ屋さんになりたいです」
中にひとりこんな子もいました。
「大きくなったら、量子物理学者になりたいです」
あれから17年、彼は今どうしているのかな。

人にはひとりひとり必ず役割があると私は思っています。
みんながその役割を具体的に考えはじめるのはいつでしょう。
中学を卒業して進路を考えるときなのか、
高校を卒業して進路を考える時なのか?
それとも大学を卒業するときなのか?
いずれにしても、人は具体的な職業を思い浮かべて自分の役割に思いを巡らせます。
美容師になりたい、写真家になりたい、料理人になりたい、教師になりたい…
夢が膨らみますね。

それもヴィジョンのひとつの形。
でも…
私は、できればもう一歩先を求めてほしいと思うのです。
美容師になって何がしたいのか
写真家になって何がしたいのか
料理人になって何がしたいのか
教師になって何がしたいのか
それが見つかると、実は自分の可能性が限りなく大きい事に気づきます。

先日、「おとなのための空と大地の学校」が終了しました。
その最終回の最後に、ひとりの参加者がこう言われました。
「私はずっと自分が自然農をしたいんだと思っていた。
 でもどうやらそれは違ったみたい。
 私は、自分も人も幸せに生きることを願っていたんだ。
 だから何も自然農にこだわる事はないんだ」

こんな風に、一歩先のヴィジョンが見つかると一気に視界が拓けます。
可能性は∞
そのことを多くの人たちに知ってほしい。
狭い視野の中で自分の首を絞めないでほしい。
私は心からそう願っています。
そしてEarthmanshipは、みなさんにとって自分の可能性を見つけられる場でありたいと思っています。

でもまずは私が自分のヴィジョンを見失わずに生きていくことですね。
それについてはまたの機会にお話したいと思います。

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くるみの木

Posted by earth on 2015年06月26日

クルミの大木 を切った
ずっとずっと一緒にいた木

いよいよ切られる という その直前
あちらこちらから 鳥たちの騒ぐ声
「たいへんよ、たいへんよ。
 あのクルミが切られるよ」

鳥たちの心も ざわざわするのね。
私の心も同じ。

それだけで立派な木に見える枝が 1本降ろされるたびに
ありがとう と声をかけた

あなたのいのち 大切に使うから

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