つれづれ日記

先輩

Posted by earth on 2013年04月10日

我が家のこどもたちの中学での話。

この学校の卒業式では 式終了後に、送り出す後輩たちが 大好きな先輩、尊敬する先輩の身につけているものをいただくというのが恒例となっている
まぁ時として、奪い取るという形容のほうがふさわしい場合もあるけれど。
したがって人気者の先輩たちは全てが終わった時には身ぐるみはがれた状態になっているわけである。

我が家の息子には小学校1年生の時から近所に住む5歳年上の大好きなお兄ちゃんがいた。息子が小1の時にお世話係になってくれたNくん。
そのお兄ちゃんはその後 尊敬する先輩となり、彼が中学を卒業する日、息子は小学生ながらも中学に行って、制服についているボタンを1個いただいた。

この春の卒業式。
在校生として式に出席した息子は大荷物を抱えて帰って来た。
見ると袋にブレザーが入っている。それも全てのボタン付きで。
何と豪勢なものをもらってきたんだ。
聞くとK先輩がくださったとか。

ところが翌日、息子の留守中にその先輩から電話がかかってきた。
「次のサッカーの練習日に、昨日渡したブレザーを持ってきてくれるよう伝えてください」

そりゃそうよね。
普通のブレザーとしても着られるものを、何もそのまま後輩にあげることはない。
夕飯の時に家族みんなが納得した。

そして昨日。
またまた息子が大荷物を抱えて帰って来た。
何とそこには、クリーニングに出されてきれいになったK先輩のブレザーがあった。

わざわざ学校までもって来てくださったらしい。そのとき息子は先輩に会えなかったので、お礼の電話をしたら、K先輩は「大事に使ってね」と言ってくださったとか。

こうやって、他を思いやる心が受け継がれていく。
いい春だ。

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いただきます

Posted by earth on 2013年04月07日

先日あるメルマガの「事務局職員の一言」にこんなことが書いてありました。
タイミング的にも心から頷ける内容だったので、ぜひご紹介したいと思います。

*********
少し前の話題になりましたが、給食の時に「いただきます」という代わりに、
「ピー!」と笛を吹いて食べ始める、あるいは「ドン!」と太鼓をたたいて
食べ始める小学校があるそうです。

その理由は、給食費を徴収する際「お金を払っているのに『いただきます』というのはおかしい」と保護者からクレームがあったから。
こうしたモンスターペアレントが増えているのは問題ですが、それに屈する
学校側も問題です。

本来「いただきます」とは、食材である生き物の命を絶って自分の栄養にすることに感謝し「あなたの命を私の命にさせていただきます」と言っているのであって、金銭のやり取りを指しているのではありません。

豊かで便利なこのご時世、スーパーやコンビニに行けば何でも手に入るので、逆に、食べ物がどのようにしてできるのか、命をいただくというのがどういうことか、感じることができなくなっています。
偉大な自然への感謝の気持ちを表したこの言葉は日本独特のものだそうですので、その文化を大切にし、「食」を通じて命を大切に思う心を育みたいものです。

CONE事務局 安藤
*********

私がこの文章を読んだのは、ちょうどあるプログラムでこどもたちと6日間 一緒に過ごして帰って来た時でした。
実はその6日間、私がとても悲しかったのは、食事(食べものやそれを作った方)に対する感謝の気持ちの希薄さを目の当たりにしたことでした。

好きなものだけを食べるという食べ方。
食べられないもの、嫌いなもの の多さ。
そして、食べられないものがあることに対して、それほど申し訳ないと思っていない様子。

こうなったのが全て大人の責任であることは明らかです。
まずは各家庭が、次の世代にしっかりと伝えるべきことを伝えていけるように、気がついた大人たちが積極的に努力する必要を感じた春でした。

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生きていることを喜ぶ

Posted by earth on 2013年01月24日

このところ、いろいろな本を読む機会が増えています。
冬という季節のお陰かも。
「あぁ、ほんとうにそうだ」
と思える言葉や文章に出会うとうれしくなります。

今日ご紹介するのは「兼好さんの遺言」(清川 妙 著)の一節。

● ● ●

思い立ったら、ためらわず、その場で一歩を踏み出せ。
年齢のことなど考えるな。
飽きず、続けよ。
貫けよ。
せっかくの一生だ。
けっして無駄にするな。
心して、一瞬一瞬を大切にして ていねいに日々を運べ。
生きている、というそのことを、何よりも喜ぶのだ。


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Earthmanshipの始まりを思う詩

Posted by earth on 2012年12月31日

年が終わろうとする今 読んでいる本の中で 心にスーッと入ってきて  静かに反芻したくなる言葉や文章と出会っています。
そのひとつをご紹介して今年を締めたいと思います。

大地の上を君が素足で歩かなくなったら、
君は、大地との身近な、温もりのある、
直接の結びつきを、失う!
このことをすべての都会人が
知らなくてはいけない。
私は都市に住む人を非難しているのではない。
あなた方は、それぞれの務めを持っている。
だが、ときには、自然の中に出かけ、
靴や履物を脱ぐことを忘れるな。
そして、裸足で歩き、大地の友情を
感じることを忘れるな、
政治家も、詩人も、物理学者も、医者も、
街の売春婦も、通りの清掃人も、
警察官も、大統領閣下も。

ーJonas MEKAS

Earthmanship はそのためのお役に立ちたいと願って始まりました。
そして来年も謙虚にその歩みを進めたいと思います。

みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

Earthmanship
岡田 淳・直子


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森のケア・テイカー

Posted by earth on 2012年10月09日

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夏前から 福島のこどもたちをのびのびキャンプに招待する準備などで忙しく、気がつけば武川の森に通えずに夏が終わってしまった。
でももうこれ以上放っておくわけにはいかないので、先週末、3連休の最初の2日間という、通うには最悪のタイミング(中央道の秋の休日の渋滞はなかなかのもので)で行ってきた。

着いてまず驚いたこと。
森のお手入れを始める前だったら、おそらく草は腰の高さまで伸びて、大変なことになっていたはず。ところが、すべての場所の草丈は膝あたりで止まっている。これは 今までのケア・テイカー講座に来てくださったみなさんに見せたかったすばらしい変化。

とはいっても、やはり大変なことになっている。川は草で覆われ「どこにあるの?」という感じ。そこで、まず川の周りの空気がきれいに流れるように作業を開始。

「あなたたちが嫌いなわけじゃないのよ。ここに風が通るようになったら
みんなが元気になれるから」なんて草たちに話しかけながらのひとり作業は
なんとも楽しい。どんどん作業がはかどって、気がつくと川筋にはきれいに風が通るようになっていた。

そんな時、他の作業から淳さんが戻ってきて しばし ふたりで立ち話。
「気持ちいいね」
すると どこからともなくエナガの群れが頭の上にやってきて 楽しそうにお話を始めた。その声は明らかにうれしそう。15羽くらいはいただろうか。私たちの目と鼻の先で、ほんとうに手が届きそうなところで、うれしそうに歌いながら遊んでいる。

おおげさではなく、その時間と空間は幸せのオーラに包まれていた。

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もうひとつうれしかったのは、ケア・テイカーとしての時間は森だけでなく、自分自身のお世話をする時間にもなっているということが確認できたこと。
自分の頭と心と身体がクリア
ーになっていくのを楽しめる。頭がくるくる忙しく働くのではなく、これから自分がしなければならないことがどんどん浮かんでくる。

ケア・テイカーの時間は自然とつながる大事な時間。
自分とつながる大事な時間。
自分とは自然の分身という言葉がとてもしっくりときた2日間だった。


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