つれづれ日記

「あきれる」という感情の行方

Posted by earth on 2011年09月24日

「あきれてものも言えない」とか「開いた口がふさがらない」という経験は、みなさん何度かお持ちのことと思います。

その「あきれる」という感情が続くと人間はどうなるでしょう。

今朝もまさに「開いた口がふさがらない」こんな情報が入ってきました。
ニューヨークの国連本部で開かれていた「原子力安全及び核セキュリティに関する国連ハイレベル会合」が閉幕し、福島原発の事故の教訓を踏まえた世界最高水準の安全対策を共有することを確認したそうです。つまり国際社会は今後も原子力利用を推進していくことで合意したということです。

会合の冒頭では、国際原子力機関(IAEA)の天野事務局長が「福島事故は原子力の終わりを意味するものではない。多くの国が依然としてエネルギー需要の高まりや気候変動への懸念から原子力利用の拡大を意図している」とビデオでおっしゃったとか。

また我が国の新首相・野田氏も演説し、「原子力利用を模索する国々の関心に応える」と語ったらしい。何とわかりにくい日本語でしょう。意味を理解するのにしばしの時間を要しますが、要するに「原発は必要」の立場を明確にしたということでしょう。

野田氏は首相としての所信表明演説では「中長期的には原発への依存度を可能な限り引き下げる」と明言されていましたが、今回の会合ではそういう表現はなく、あの演説は国内向けだったのかと思ってしまいます。

普通の人間が普通に考えた場合、福島原発の事故の教訓を踏まえて出てくる答えは、原子力はこの地球上にあってはならないもの、すなわち脱原発ではないかと思いますが。

さて話は戻って、「あきれる」という感情が続くと人間はどうなるか。
この感情が続くと悲しいことに「あきらめる」という感情が支配し始めます。

日本は今まさにその状況下に置かれている気がします。どちらが先にあきらめるか、根比べをしている感じ。
東北の被災地の人びとも、「あきらめ」の感情に支配されるか、されないか、そのぎりぎりのところでがんばっている気がします。
脱原発を訴え続けている人たちもそうでしょう。
いや、それだけではなくて、おそらく日本中に、このぎりぎりのところでがんばっている人たちがたくさんいるはず。
それほどに今の世の中には「あきれる」事態があふれているのです。

そういう事態は、結局人間が「生かされている」という事実を忘れてしまったから起きていること。自分の力で「いのちの行方」を決められると思ってしまったから起きていること。

まずは、ひとりひとりが「生かされている」今をしっかり喜んで、それぞれの役割を担って生きたいと願うところから始めませんか。

って、これをまず伝えなければいけないのは、「あきれる」事態を起こしている側の人たちですね。


放射能から身を守るということ

Posted by earth on 2011年09月16日

広河隆一さんの著書「福島 原発と人びと」の中に書いてあることで、「まさしく!」と思ったことのひとつ。

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放射能から身を守るということは…

1)放射線医学の権威者たちから身を守ること
2)原子力産業の発展を目指すIAEAから身を守ること
3)原子力推進政策をとる政治家たちから身を守ること
4)原子力推進ではないけれど、結果的に妥協を繰り返そうとする政治家やメディアから身を守ること
5)放射能は安全だという学者たちから自分たちを守ること
6)1)〜5)に書いたような人たちや機関によって封じられた「事実とデータへのアクセスの権利」を何とかして手に入れること
7)6)を妨害しようとして「風評、デマに惑わされるな、安全だ、ただちに健康に影響はない」などの言葉を用いる人間たちから身を守ること

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これを読み返すたびに、私たちは今まさに「生き直す」チャンスが与えられているんだなと思う。

何となく、自分のことや自分の家族のことだけ考えて、のほほんと生きて来られたことが、実は幸せだったのかどうか。そのことで、たくさんの「能力」を失ってしまったのではないかと思う。

しっかりと、人間が本来もっている「能力」を取り戻すために、私たちは今、新しいスタートラインに立っている。


参考文献:「福島 原発と人びと」 広河隆一 著 岩波新書


地面の下の話

Posted by earth on 2011年09月13日

私たち人間のほとんどは、何とか病気にならないで、できるだけ長生きしたいと考えているのだろうと思います。その気持ちにつけこんで、病気になったらこんなに大変ですよと、テレビでは連日保険会社のCMが流れ、「○○が身体にいい」とテレビが報じれば、その○○は即座に売り切れ。

でもそういうことは、結局枝葉でしかない、うわべの話。マスコミの情報に流されて生きる時代はそろそろ終わりにしたいですね。

さて、ここでちょっと深呼吸をして、もう少し視野を広げ、地球の健康に思いを馳せてみましょう。地球の、それも地面の下の健康の話です。

数年前、地球の地面の下の健康が損なわれているということを伝え続けている人がいると知りました。
地中には、人間の身体同様、水の道、空気の道が血管のように通っています。それが、開発や工事など、さまざまな
人間本位の行為のためにずたずたに寸断され、いわば気管や血管が詰まった状態になっているというのです。

きちんと呼吸できず血液の流れが滞った状態で、地面の中はみんな苦しんでいると。それが原因となって、あちこちの山が崩れ始めていると。深層崩壊が頻発している原因がここにあるのだそうです。

大切なのは少しでも健康な地中を取り戻すこと。
地中が健康になれば、地上のすべてが健康になる。

私にはこの話が理屈抜きで納得できたし、人間と自然が共存するために、最も必要なことに思えました。これは、今の私たちが真剣に考えなければならないことのひとつなんじゃないかと思っているところです。

みなさんも、足の下、地面の下の気持ちを、少し想像してみてはいかがでしょうか。


お産は楽し その1

Posted by earth on 2011年09月05日

「お産」という言葉を聞くとワクワクする。そう、私は「お産」が大好き。
たった2回しか経験できなかったけれど、それはそれは楽しかった。

でも最初からそうだったわけではない。
私も結婚する前は、いや、結婚してからも、赤ちゃんを産むのは痛くて大変なことだと思っていた。経験した事もないくせに、ただそう信じていた。
いつかは子どもと一緒の生活が始まるんだろうとぼんやり考えていたけれど、できれば、ボコッと目の前に現れてくれないかと願ったりもした。

ところが…

実際に経験した妊婦生活、そしてお産は、私の想像を完全に裏切った。どうして先輩の母たちはこの楽しさを教えてくれなかったんだろうと真剣に腹が立つほど、楽しかった。
でも誰に話しても「そんなの嘘だ」と信じてくれなかった。
「お産が楽しいなんて、そんなわけない」って。お産の経験のない女の子たちが口をそろえてそう言った。
これは大変だと思った。
私も知らなかったように、「お産の楽しさ」が伝わっていない。

これが、私が「いのちの自然塾」を始めたきっかけ。
2002年に始めたこの講座も、今年で10年。
回を重ねるごとに、お産のすごさ、いのちのすごさの核心に近づいて行く気がする。

産むことと、生まれること。

「お産」は、男も女も、すべての「生まれてきたことのある人」にとって、その後の人生を左右するくらい、とても大事な「時」なんだと思う。

ーつづくー


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