つれづれ日記

311が落とす影

Posted by earth on 2011年11月21日

Earthmanship恒例となった「冬ののびのびキャンプ」。小学生〜中学生を対象にした冬の雪遊びキャンプです。

群馬県の片品村に、Earthmanship のプログラムの趣旨を理解してくださる、とてもすてきな宿とスキー場があって、毎年ほんとうに楽しい時間を過ごさせてもらいます。

それが今年はできそうにありません。理由は放射能です。
ご存知のように、群馬県のあの一帯はホットスポットとして知られています。もちろんくまなく自分たちで調べたわけではないので、私たちが過ごす場所がほんとうのところどうなのかはわかりません。
でも、子どもたちを、この12月に連れて行って雪遊びをするという決断は、私たちにはできませんでした。

片品村の人びとは、311後いち早く被災者の受け入れを表明し、たくさんの方を受け入れてきました。私たちがいつもお世話になる宿の若女将も、先頭に立って受け入れに全力を注いだひとりです。
それなのに、私たちはこの冬そこに子どもたちを連れて行けない。
その善意の人たちの期待に応えることができない。
何とも情けない気持ちになります。

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昨日は「空と大地の学校」で、奥多摩へたき火とたき火料理を楽しみに行きました。そこでたくさんの子どもたちに「どうして今年の冬のびはなくなったの?なんでやらないの?」と聞かれました。「楽しみにしてたのに…」と。

それで放射能の話をしたあと、別の場所を探すのに時間がかかるから、3月に延期しようかと提案したら、即座に子どもたちがこう言いました。

「11日はやめてね!」

ハッとしました。
普段は何も言わないけれど、この子たちの心に、3月11日は怖い日としてはっきり焼き付いているんだ。

被災者は日本中にいると、あらためて事の重大さを思い知らされた、秋の一日でした。

自然が牙をむく

Posted by earth on 2011年11月17日

img_3008 「自然が牙をむく」

311以降、何度も目にし耳にしたフレーズ。
これがどうしても私の中でしっくりこない。
このフレーズを受け入れられないというよりも、正しい表現だと思えない。

ほんとうに自然は牙をむくのか?

そもそも今回の地震、津波、そしてそれが引き金で起きた福島原発の事故によって一番被害を被ったのは「自然」自身ではないか。

あくまで人間中心に考えられている今の世の中では、決して表には出てこないけれど、もしも自然と、それに生かされている野生生物が言葉をもち、私たちと話ができていたら、どんな話が聞けるのだろう。

除染のためにはぎ取られる大地。切り倒される木々。
人間を中心に考え
れば、正しい行為だとしても、自然を中心に考えたらどうなんだろう。

そんなことを考えていた時に、こんなブログを見つけました。
「だいずせんせいの持続性学入門ー原発震災(43)人間だけではない」

311から生まれる問いは、何一つ簡単に正解の出るものではないけれど、一度一歩引いて、地球全体のスケールで311を考えてみませんか。
地球は人間が生きるためだけにあるものではないはずです。

(写真は宮城県唐桑半島からみた海) img_2992

知らない

Posted by earth on 2011年11月14日

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近つくづく「知らない」ってほんとうに怖いことだなと思う。

私は結局、いろいろなことを「知らず」に生きてきたかもしれない。
少しずつ
少しずつ、年月をかけていろいろなことを知ってきたつもりでいるけれど、でもまだまだ知らないことがいっぱい。

先日「カンタ!ティモール」という映画を見て、ますますそう思った。
私は何も知らずに「その時」を生きていた。

みんなでもっともっと「知る」機会を持ちたいと思った。
そして、一番大事なのは、「知った」あと、それをどう希望に繋げるか。

やっぱり私たちが向かう先は「希望」でなければと思う。そして「希望」ははっきりあると思う。

人間はどうしようもない存在だけど、でも同時に、とてもすてきな存在。
生かされているひとりひとりに、必ず
生きている意味があるわけだから。

現実から目を背けるのではなく、しっかり見て、しっかり考えて、しっかり希望に向けて歩きたい。みんなと一緒に。

それがEarthmanshipのエコリテラシーセンターの役割かなと思う。


分をわきまえる ということ

Posted by earth on 2011年11月08日

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先週末、気仙沼の鹿折中学仮設住宅でカフェを開いてきました。何度も通った気仙沼ですが、しばらく間があいてしまって7月以来 久しぶりの訪問でした。

今回は「夜カフェ」と「昼カフェ&いろいろワークショップ」を開いたので、前回よりももう少し向こうのみなさんのお話に耳を傾ける時間がありました。

また戻って来れたという嬉しさと、その2日間がほんとうに楽しかったということははっきりしているのですが、実際のところ、全体の感想はそう簡単には言葉になりません。
被災地の現状と同じように、人びとの心も行きつ戻りつ、前に進んでいるのかどうか、自分でも分からないという状態なんだろうなと想像することはできますが、本当のところはやっぱりわからない。

そんなことを考えていたら「分をわきまえる」という言葉が心に浮かびました。人に対して、自然に対して、物事に対して、分をわきまえた接し方ってものがあるんじゃないかと。

私たち直接被災していない人間が、直接被災した方々にできることなんて限られているし、被災するとかしないとかに関係なく、人間がそれぞれ抱える問題を解決していくのは、やっぱりその本人にしかできないことで、周りの人間にできることはとても限られている。だけど周りの人間にできることもあるし、その役割もとても大切で。

だからみんなが 分をわきまえた心持ちと立ち位置 で行動できればそれでいいんだろうなと思いました。

政治の世界も、教育の世界も、医療の世界も…考えてみると、ありとあらゆる世界で「分をわきまえない」行動がはびこっていることが問題なんじゃないかなぁ。

学びの場のあるべき姿

Posted by earth on 2011年11月03日

学びの場を完成させるのは指導者ではない。

そこでは 参加するすべての人たちが糸を出し合い  縦横無尽に絡み合い  それぞれの「気」を高めていって 美しく立体的な作品を織り上げる。 
そして参加するひとりひとりがその一部になることで  いろいろな角度から
その時のその人にとって必要な学びが 身体と心に取り込まれていく。

これがほんとうの 身になる学びの場 の姿ではないかと私は思う。

指導者から一方向的な糸を受け取るだけでは作品は仕上がらないし その一部となることもできない。
「教える」ということばの対語は「教わる」であって「学ぶ」ではないように どんな場合も「一方向」のものから いいものは生まれないのかもしれない。

すべての人はかけがえがない
そう思える「学びの場」を作りたいと 心から思う。


*Earthmanshipは 私たち人間にとってほんとうに大切なことを学べる「エコリテラシー・センター」の設立を目指しています。
あら
ためて「学びの場」のあるべき姿を思い出させてくれた「地球のケア・テイカー講座」の参加者のみなさんに心から感謝します。


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