「あきれる」という感情の行方

「あきれてものも言えない」とか「開いた口がふさがらない」という経験は、みなさん何度かお持ちのことと思います。

その「あきれる」という感情が続くと人間はどうなるでしょう。

今朝もまさに「開いた口がふさがらない」こんな情報が入ってきました。
ニューヨークの国連本部で開かれていた「原子力安全及び核セキュリティに関する国連ハイレベル会合」が閉幕し、福島原発の事故の教訓を踏まえた世界最高水準の安全対策を共有することを確認したそうです。つまり国際社会は今後も原子力利用を推進していくことで合意したということです。

会合の冒頭では、国際原子力機関(IAEA)の天野事務局長が「福島事故は原子力の終わりを意味するものではない。多くの国が依然としてエネルギー需要の高まりや気候変動への懸念から原子力利用の拡大を意図している」とビデオでおっしゃったとか。

また我が国の新首相・野田氏も演説し、「原子力利用を模索する国々の関心に応える」と語ったらしい。何とわかりにくい日本語でしょう。意味を理解するのにしばしの時間を要しますが、要するに「原発は必要」の立場を明確にしたということでしょう。

野田氏は首相としての所信表明演説では「中長期的には原発への依存度を可能な限り引き下げる」と明言されていましたが、今回の会合ではそういう表現はなく、あの演説は国内向けだったのかと思ってしまいます。

普通の人間が普通に考えた場合、福島原発の事故の教訓を踏まえて出てくる答えは、原子力はこの地球上にあってはならないもの、すなわち脱原発ではないかと思いますが。

さて話は戻って、「あきれる」という感情が続くと人間はどうなるか。
この感情が続くと悲しいことに「あきらめる」という感情が支配し始めます。

日本は今まさにその状況下に置かれている気がします。どちらが先にあきらめるか、根比べをしている感じ。
東北の被災地の人びとも、「あきらめ」の感情に支配されるか、されないか、そのぎりぎりのところでがんばっている気がします。
脱原発を訴え続けている人たちもそうでしょう。
いや、それだけではなくて、おそらく日本中に、このぎりぎりのところでがんばっている人たちがたくさんいるはず。
それほどに今の世の中には「あきれる」事態があふれているのです。

そういう事態は、結局人間が「生かされている」という事実を忘れてしまったから起きていること。自分の力で「いのちの行方」を決められると思ってしまったから起きていること。

まずは、ひとりひとりが「生かされている」今をしっかり喜んで、それぞれの役割を担って生きたいと願うところから始めませんか。

って、これをまず伝えなければいけないのは、「あきれる」事態を起こしている側の人たちですね。


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