個人商店の復活 望みます

私が住んでいるのは吉祥寺
人気があるらしく、街はいつも賑やかすぎるくらい 賑わっています。
先日 街を歩きながら、私はどんな街が好きだろうと考えてみました。

私は兵庫県の西宮市で育ちました。子どもの頃、夕方になるとおばあちゃんと手をつないで市場に買い物に行きます。
そこは小さな市場ですが、お肉屋さん、乾物屋さん、魚屋さん、パン屋さん、お花屋さん...といろいろなお店が並んでいて、市場の通りを歩くと、店先から、顔見知りのおじちゃん、おばちゃんが声をかけてきます。
買い物をする時も、必ずそこには何かしらの会話があります。

うちのおばあちゃんは「ねこ」というあだ名がつくほど魚が好きな人でした。なので、どうしたって魚屋さんに行く回数が増えます。

「今日は何がある?」
「今日はいい鰹があがってるよ。タタキなんかどう?」

そんな話を聞きながら、私は自然と魚の旬を覚えました。
そういう場所ですから、子どもが「おつかい」に行くことも、それほど大変ではありません。市場の大人たちや、買い物をしている近所の人たちが、ちゃんと見守ってくれるからです。

その光景を思い出しながら、私はそういう街に住みたいと思いました。
人が声を掛け合える街。自然の流れが見える街。人の呼吸が感じられる街。

吉祥寺も もともとはそういう街でした。私が引っ越してきた20年前は、少なくともそういう部分がまだ残っている街でしたし、吉祥寺生まれの夫や夫の両親から聞く吉祥寺はそうです。
でもこの20年の間に、どんどん個人商店がなくなり、どんどん屋敷林や庭がなくなり、知らない人間ばかりが増えてきている気がします。

おそらくこれは日本中で起きていること。とても残念です。
でもこれは誰のせいでもなくて、結局
この流れを作ったのは私たちなのですね。買い物をする時に「安さ」だけを求める人が増えた結果、たくさんのすてきな個人商店が消滅しました。

しかし...しかしです。
この流れを作った原因が私たちにあるとするなら、私たちがこの流れを変えることもできるということですよね。ただ昔に戻るというのではなくて、螺旋階段を登るように、緩やかな変化をもちあわせながらも、芯にはしっかり「自然の摂理に従った人間らしい営み」という一本の筋を通して。
みんなで変えていきませんか?
私たちが暮らす街を、人の呼吸が感じられる街に。
まずは私たちが求めるものを考え直してみるところから始めて。


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今は亡き吉祥寺の「鶴の湯」

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