早春たき火塾 2018 参加者の感想

昨年一年、頼りの同僚が2人がいなくなり、古株はほぼ私だけ。よって必然的に終始自周りの面倒をみてあるいて定時以降に自分の仕事、頼りは自分という感じでした。 今回のたき火もそんな自分の状況に似ているな〜と。終始火の状態をみて私が思う安定した火の状態を保てる様に終始状態を見ながら必要な手当をする。 仕事だと少し溜息のでる気分にもなりますが、たき火だと安定した火を保つ仕事は暖をとるにも食材を温めるにも必要で当たり前な仕事っていう事がシンプルに分かります。会社の仕事も同じですよね。 極寒でのたき火の有り難さ、水も朝は凍ってたけど陽が昇るにつれて溶けてトイレの水も蛇口から出てきてましたし、いつもより途中の道に落石が多かったり、落ちてる枝が多かったり。 様々な事が新年の自分に良い刺激でした。 淳さんが伝えてくれる話、寒い中頂く直さんの美味しい豚汁、全て今年はより響いてくるものがありました。 また来年も参加したいので宜しくお願いします。  

        思っていた以上の冷たい空気のおかげで、火とお日様のありがたさを十分に感じた1日でした。 高めに石で囲ってみるもたき木の置き方に工夫が必要になったり、今回こそは最後まで燃やし尽くすぞと思ってもやっぱり残ってしまったりと、これぞトライアル&エラーという感じですが、体験できるのが逆にうれしかったです。 周りの方々のたき火を見に行って、たき木の組み方も、炎の上がり方も 本当に人それぞれに違うのがまたとても面白かった。ああでもないこうでもないとたき火に手をかけていると、今は子どもは手をかけさせてくれるけど、そのうち迷惑そうにしていろいろやらせてくれなくなるのかなぁなんて考えました。 手をかけられるって(たき火でも子どもでも)無になれるというか、目の前のことに集中できて幸せなことだなぁと思いました。  

  今日、これ(早春たき火塾)で2018年を迎えることができました。ありがとうございました。 すごく寒い中、日のありがたさを実感しました。 「安定感のある火」と言ってもらったのが心に残っています。 今日のたき火のように、安定感あり、ねばり強い年に指定と思います。           たき火塾から少し日が経った今でも、とても充実した時間だったと感じています。そう感じる度に、私はたき火のあることについて考えていることに気がつきました。 そういえば、火が消えて木が灰になった後でも随分と暖かったなあ。まだたき火のことがフラッシュバックする。この粘っこさはたき火のようだ、と。 たった一度の経験なのに、たき火から与えられた影響は大きいようです。そして、たき火に確信を持ちつつあります。 私がたき火塾に求めていたものは体感であります。私は21歳と若輩者ですが、若輩者なりに都会に歪さを感じております。 あらゆるものが一定化された都会に、私の身体が蝕まれていく危機感から、たき火塾に参加させていただきました。 たき火、もとい自然と触れ合うことで私の感覚を正常に戻せるのではないか。これが私の得た確信であります。なぜなら、自然と触れ合うことで岡田淳さんが仰っていた、五感を働かせる、ということを少しながら体感できたような気がしたからです。ありがとうございました。 余談ですが、火に息を吹いて、再び火を復活させる行為をゴッドブレスと命名しました。  

          今回は着火直後の風の強さ、風通しの良さで、横殴りに吹き付ける炎に追い回されるようにしてケアしていたので、今までで一番あわあわと時間が経ってしまいました。 それでも年に一度、川苔谷で水と火に親しみ、冬の空気を吸い込むことができてほっとしました。 今回は事前に、大人向けのプログラムを一旦終了すると伺っていただけに、この谷に入れるのもこれが最後か? などと妄想し、来し方のことをノートを見つつ思い出しながら奥多摩に向かいました。 でも、帰り際に焚き火塾は残りそうだと聞き、もしそうであれば、ありがたいことです。 来年もまた、谷で火と向き合えることを期待して、1年を健全に過ごそうと思います。 節目節目に谷で過ごし、火に向かい合って語ってくれた人々の言葉や、何より自分自身が語ったことを思い出すと、それらの言葉を生み出したそれぞれの人生に思い至り、とても貴重な機会がここにあったことを、かけがえなく思います。 これからも何らかの形でこの場所に繋がりを持てたら、積み重なった記憶がより力強く、これからを支えてくれるのではないかと思います。 謙虚に自然に向き合う姿勢を語ってくださるアースマンシップの作る場所は、とても心地よいです。 自然も人も、時の流れに従い変わっていくものですが、それが少しでも良い方向に。 何かで回り道をしたり壊れたり傷ついた時もそれが修復されていくように。 頑なでなく、諦めないことが大事なことだと、しみじみ感じる今日この頃なのでした。  

  私にとっては、たき火塾の経験は、とても貴重で、ありがたいもので、本当に感謝しています。 奥多摩に降り立っただけで、少しワクワクもしますが、たき火自体がやはりとても好きです。 なんだか謙虚になりますね。自然のなかで、いろんな要素のなかで生きていることを思い出させてくれます。 何とかしたいと必死の時に、たき火はとても効果的に思います。どうにもならないことに必死で、・・そんなときに、どうにかできるはずがないってことにじんわり気づく・・そんな時間でした。 自分の力をおごっていたな、と火を見ながら思います。思い通りに行くことばかりではない。自分がどうでも、失われるものも生まれるものも無数にあることを、「ただそこにあること」「ただ起こること」を、自然に思い出させてくれるように感じました。けれど、火がそこに燃えていることは、単体でなくて、風や薪や地面や風を遮ったり薪をくべる人も影響している。無影響でなんていられないことも教えてくれるように思えていました。 ・・また自分がなんとかできると、コントロールしようとしていたなぁと、じんわり思って力を抜く。 そうゆう無力感も感じつつ、でも火はそれだけではなくて、私が起こすアクションに必ず反応を返してくれるので、関与していることをくっきり見せてもくれます。 『世界にたいしてできることがないわけじゃない。けれど、世界をどうにかできるわけでもない』そんな単純な、でも奥深い(?)真理を体感するような気がしていました。 自分を楽にしてくれる・・リセットしてくれるような、貴重な体験です。 私は、火は、燃えているところより、どちらかと言うと、尽きていくところに魅せられています。勢いを増す直前の、下の方でチロチロと炎が出てくるところや、燃えるものが少しずつなくなって、炭のように白くなり、赤い点がチラチラしているあの姿です。なかなか消えない・・散り際の美学とでもいうのでしょうか(笑) 消えていってしまいそうなのに、わずかな風でよみがえったりして。人の思いにも似ている、人生にも似ている・・と、勝手に悦に入って見つめていました。やがて灰になって途絶えるけれど。目の前でそうして閉じていく世界を見て、余韻を楽しむのが感慨深いなぁと思います。

 

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